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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

動画の編集 編集は料理に似ている

動画の編集は料理に似ていると思うことがよくあります。今回は料理に例えながら動画編集の3ステップの概要を説明します。

料理ではまず食材の下ごしらえをするところからスタートします。魚であれば三枚におろして頭と尻尾をとり、塩を振って生臭さをとります。野菜でも食べられない端を切り落としたり皮をむいたり、アク抜きのためにゆでこぼしたりします。編集もこれらと同様に、まずは撮影してきた素材のひとつひとつを下処理していきます。使いものにならないカットを捨てたり(切ってみたら中が腐っていたような野菜を捨ててしまうように。ただその野菜の一部もスープの出汁にするように、NGカットも別の所で使ったりすることもあります)、カットの頭と尻の”のりしろ”の部分を切り落としたり、ダラダラ漫然としているような”味のしない”箇所を切り捨てたりします。バランスの悪い色味や音のレベルを調整しておく作業もアク抜きや下味付けに似ていると感じます。動画編集におけるカットの下処理には派手さはなく、全てのカットに丹念で丁寧な処理を施していく必要があり手が抜けません。しかしこの下処理をきちんとやっておくことで後の工程が楽になり完成品の品質をも大きく左右するという点においても料理における下ごしらえの重要性と共通点があります。

 

料理では次に調理をします。食材を1つ1つ食べやすい大きさに切ったり、食材を混ぜ合わせたり、煮るなり焼くなり揚げるなりの仕事をしたり、基本的な味付けもここで行います。編集ではさすがにカットを煮たり焼いたりすることはありませんが、カットを選択し、並べ、組み合わせていくことこそが調理に相当します。カットは並べて組み合わせていくことでそこに一連のストーリーと感情の起伏が生まれます。どのカットをどういう順序とタイミングで並べていくかによって作品は全く別物に変わります。料理でも同じ食材を使っても全く違った料理になります。鶏肉と玉ねぎと玉子があったとして、鶏肉と玉ねぎを一口大にして煮込んでから最後に玉子でとじれば親子丼になります。鶏肉と玉ねぎをみじん切りにしてご飯と炒めてから最後に玉子も入れてパラッと炒めればチャーハンになります。オーブン皿に敷いたぶつ切りの玉ねぎの上に塊のままの鶏肉を乗せて低温でじっくり焼き、最後にスライスしたゆで卵で飾り付けをすればローストチキンです。何を伝えたいか(何を食べたいか)によって作品(料理)がいかようにでも編み上げられていくプロセスのマジックはまさに料理と同様です。素材だけあっても伝えたいテーマが見当たらないとどう料理したらよいかわからないという点も同じです。料理と違うのは動画のカットの一つ一つにはちゃんと味がついているのであれこれと味付けをする必要があまりない点ですが、トランジション効果の付け方は動画の流れやリズム感を大きく左右するものなので、私はトランジションを次に続く仕上げではなく調理の工程と捉えています。

 

最後は仕上げになります。フランベで香りをつけたり塩コショウで味を整えたり、器を選んで盛り付けをしたり、日本料理の"天盛り"のように最後にひと仕事を入れたりします。動画編集での仕上げはBGM(音楽)や効果音を入れること、字幕テロップを入れること、パーティクル(光の粒がちらちらと舞う効果)のような視覚効果を与えることなどが相当します。とくにBGM当ては料理において器を選ぶことに似ていると感じます。既製品の中から選ぶことや、場合によっては器の形や色からインスピレーションを受けて料理の骨格を規定したりすること、そして器の豪華さに料理が完全に依存してしまい見た目だけは良いものの食べてみると味も栄養もないような失敗作ができてしまう可能性があることも含めて似ています。ポイントは料理自体の味と栄養のベースは下ごしらえと調理の段階でほぼ完成しているという点であり、仕上げを編集の本質または醍醐味と勘違いしてしまうと調理の腕はいっこうに上がりません。

 

追記

このように類似点が多い料理と編集の関係ですが、さらに視野を広げれば動画の企画は「何を食べたいか」あるいは「誰にどう味わってほしいか、どんな栄養を摂ってほしいか」を考えることと根底は同じですし、撮影は食材調達と似ています。ただしそれはスーパーで買い物をするというより、想定外の掘り出し物もハズレもあるという点でもう少し野性的な、山菜採りや魚釣り、あるは魚市場に行く感覚に近いかもしれません。その日たまたま獲れた活きの良い珍魚が目に入ったことで料理のアイデアにひらめきが生まれて想定とはちょっと違ったダイナミックな料理に仕上がるといった出来事も、撮影時に想定外のカットが撮れたことで企画がブラッシュアップされるプロセスに近いものを感じます。

 

追記2

編集の必要がない動画もあります。新鮮なプチトマトやみかんはそのまま食べるのが一番なように、ちょっとしたハプニングが起きた瞬間のはじけるような笑顔を撮影したワンカットはそれだけで何も手を加える必要がない作品になりえます。逆に編集のやりかた次第では素材の良さが殺されてしまうこともあります。いかなる場合でも編集が必要というわけでありません。その意味で編集とは、素材の良さを見極めた上で、もっと美味しくなる、もっと栄養がとれる、もっと見た目が綺麗で食欲をそそる、そういった目的のための行為に過ぎないのだというわきまえを持っておくのが大前提です。これも料理と同じです。こういう比喩をすることで編集という作業の意味合いがより一層感覚的に理解出来ると思います。