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編集の番外編 友達に編集を頼む場合

動画を撮影して一度や二度は編集をやってみたけれど、編集は自分にはどうしても向いていないと実感してしまった人もいるかもしれません。友人に編集が得意な人がいるからその人に頼んでみたら意外と客観的目線も加わって自分がやるより良い作品ができたというケースもあるかもしれません。人には向き不向きがあり、協力し頼り合うことではじめて自分の良さが輝くと私は思っていますので、編集を得意な人あるいは好きな人に頼むことも良いことだと思います。ここではそのように誰か自分以外の人に編集を頼むときの実践的な方法論について説明します。

 

まずいちばん大事なのは企画の項で話した、伝えたいことと伝えたい相手を明確に相手に伝えることです。どんな出来事が起きたかは動画を見ればだいたいわかりますから、それよりも大事なのは、その動画を通じて何を表現したいのか伝えたいのか、そしてそれは誰に対してなのかをはっきりと編集者に伝え、的確にそれが伝わったかどうかを丁寧なコミュニケーションで確認しておくことです。すぐれた編集者は素材のよしあしに関わらず千差万別な目的のそれぞれに合うような編集技術や演出手法の引き出しを多く持っていますから、作品で伝えたいことと伝えたい相手が異なれば同じ素材でも全く違った作品になります。すぐれた編集者ほど、伝えたいことと伝えたい相手が不明瞭であれば落とし所が見えませんので手をつけることができません。中途半端な編集者ほど、中途半端なオリエンをうけてもそのまま中途半端に形ばかりの作品を作ってしまうものではないかと思います。

 

伝えたいことと伝えたい相手を明確に伝えた上で補足的に伝えるとなお良いのは、完成尺つまり動画の長さについての希望と、お手本にしたい動画がもしあればその動画を伝えたうえでその動画のどういう部分や要素が自分の気に入っているかを伝えることです。この、気に入っている作品の雰囲気や演出を伝えることはプロの人たちはトンマナ合わせと言ったりしますが、抽象的な表現を重ねるより、この作品のこういうところがこういう理由で好きだ、という具体例を挙げてすりあわせていくほうがトンマナはすぐに合うはずです。大事なのはこういう演出が好きだというところで終わりにするのではなく、ましてやこういう作品に近づけてほしいと乱暴にお願いするのではなく、この作品のこういう演出のどういうところがなぜ好きか、というところまで伝えることです。それにより編集マンは好みのトンマナの真意を掴み、たんなる表面的な模倣としてではなくてあくまで今回作る作品に合ったトンマナに再構築してくれるはずです。

 

こういったことを言葉でやりとりしたうえで撮影した動画一式を渡します。その際に、基本的には撮った順でストーリー進行することを伝えた上でカットを前後させる自由度はどれくらいあるかを伝えます。たとえばスカイツリーに登る一連の流れは大事なのでバラバラにしたくないが、お買い物をしているところやご飯を食べているところは前後関係が変わっても問題ない、などです。また同時に、撮影カットの中で思い入れがあるカット、どうしても使って欲しいカットがある場合はそれも事前に伝えておきます。ファイル名の最後に星印などを付けておくのも分かりやすいかもしれません。同様に、もしどうしても使いたいBGMがあればそれを伝えます。ただBGMには楽曲制作者の著作権が関わりますので、どういうプラットフォームで流通させるかも事前に伝えておいたほうが編集マンを悩ませずに済みます。最近はYoutubeでは著作権が放棄されていない楽曲でも利用でき、広告収入が楽曲著作者に入る仕組みが出来ているので、昔よりは本当にBGM使用の選択肢が広がったと思います。動画でもなんでも制作者という立場になり制作というものと真剣に向き合えば向き合うほど他人の著作権を尊重することができると感じていますからあなたもきっとゼロからイチを産みだす苦しみをいちどでも経験していれば他人の著作権を尊重するBGM選びができるはずです。

 

最後にどれくらいの日数で出来るのか、どこかで途中段階のものを見せてもらって議論・修正ができるのか、といったことを話し合えば大方のコミュニケーションは終了です。お礼を共同クレジットと笑顔で済ませるのか、ご飯をおごるのか、お金を払うのかと言った議論は本筋ではないのでここでは省きます。ただ誰かに頼む前にいちどでも自分で編集に真剣に取り組み作品を一つでも完成させる経験をしておくことを私は強くおすすめします。自分が経験したことであればオリエンもしやすいですし、なにより編集の苦労を分かることで相手との心のつながりが生まれ共同で作品を作ったという実感が生まれます。そうでなければ編集をお願いすることは単なる外注という空疎な言葉で表現される作業に成り下がってしまいます。編集という作業を切り出して頼む場合であっても編集マンはその作業を通じてその日に起きた出来事を追体験します。場合によっては撮影者以上にその日の体験を強く思い描き自分の体験として咀嚼し再構築することもあるでしょう。その意味で編集マンもその出来事と体験を共有した仲間になります。であれば編集マンを選ぶ場合も相手と自分が共感できるか、体験を共有しあえるか、言い換えれば友達になれるかという観点を持つことも非常に大事になります。もちろんこの記事では友だちに編集を頼むということを前提としていますけれども。