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Spring 2013

船は追い風で転覆するという言葉があります。

ふつうは向かい風や横風で転覆しそうに思いますが、その意外性を教訓にしたことわざです。帆船は向かい風や横風や嵐の時には前進しませんから、帆をたたんでじっと耐え忍ぶしかありません。すると、どんなに波が高くても転覆することはありません。しかし追い風が吹き始めると船は帆を大きく張り前進しようとします。そんなときに追い風の突風が吹くと、小さな船はその勢いに耐えきれず、足元をすくわれるように転覆してしまうという話です。ビジネスにおいても好調なときこそが曲者で、急に発生した需要に応えられずあっという間に競合に先を越されたり、資金繰りがうまくいかずに黒字倒産したり、ブームに浮かれて粗製乱造した結果クオリティイシューを招いてしまったりといったように、ブームの追い風に押されて落とし穴にたやすくすっぽりと嵌ってしまうことがあります。

 

Rにとって2013年の春はまさにそのような追い風が突風のように吹きつづけた季節でした。春先、PM2.5や花粉を扱うニュースバラエティのコーナーにダニの問題やダニ対策としての布団掃除というトピックが取り上げられ、家電芸人によるお笑いバラエティにも鳴り物入りでRが登場。さらに王様のブランチや笑っていいともなどのメジャーな番組にも次々に取り上げられ、テレビ以外にも新聞雑誌ネットと各媒体で毎週かならずRが露出するという状況が続きました。つづいて夏になるとバラエティや情報番組だけでなく経済系のテレビ番組やネット媒体が、外国製家電のヒットの理由というテーマで、ダイソンやフィリップス(ノンフライヤー)とあわせてRを取り上げて論じるという文脈で露出。メディア露出の連鎖反応は年末に日経トレンディヒット商品番付に載るまでのあいだ、怒涛の勢いで続きました。製品の販売においても勿論こういったメディア露出を背景に、テレビ通販での強力なパワープッシュと全国規模に拡大した家電量販店のネットワーク、さらにネット通販(アマゾン・楽天・自社店舗)の整備を確立した結果、その年の後半には月10万台の販売規模にまで伸長しました。昨対比で言えば20倍以上の伸長ですからそのインパクトが実感頂けると思います。

 

実は2013年の3月に、製品の販売方針についてLさんと大喧嘩したことがありました。きっかけはLさんから、T社向けの出荷量を増やしたい、そのために工場の生産ラインを広げたいという話をもちかけられたことでした。当時は(今でもですが)僕はマーケティングのテーマを「本当に欲しい人だけに売る満足度最大化がマーケティングである」と考えており、急速にターゲットセグメントを拡大することは顧客満足度の低下につながり結局は身を滅ぼすと考えていたため、当初はLさんの考えに大反対でした。しかしどう議論してもLさんの考えが曲げられなかったこともあり、であれば徹底的に勢いを作り勢いに乗る戦略を取るしかないかという結論に至りました。この判断が正しかったのかどうかは誰にも分かりませんし僕にも分かりませんが、結果として取った戦略は、T社の通販番組を通じたメディア露出に負けないためのメディアコミュニケーションをPRと広告によって行うことと、T社の販売力に負けない販売量を店頭とネットで実現するというものでした。可能な限りの最高速度で、限界を超えた速さで、無呼吸連打を叩き込むしかないなと、覚悟した瞬間でした。

 

メディア露出がとどまるところのない連鎖反応を生み、販売量もT社経由と自社販路のそれぞれが競り合うように伸長し、そのどちらも僕やLさんやメンバーの予想を超えたスピードで進行し、僕達はそのジェットコースターのようなスピードに必至で喰らいついていくのがやっとでした。これがいわゆるブームというものでした。ブームというのは、当事者はもちろん消費者や市場関係者の誰にとっても、その人達の「予想を超えるスピード」で物事が広がっていく状態を指すのだと思います。絶対速度として速いか遅いかということではなく、予想を超えているかどうかがポイントです。予想を超えているわけですから、予期していた体の動かし方・対処の仕方はできません。しかし、予想を超えるスピードというのは、勢いと話題性という大きなインパクトを生みます。いわばリスクとチャンスが同時に訪れるフィーバータイムのようなものであり、このフィーバータイムにどのように身の振る舞いをするかによって当事者たちの人間としての真価がまさに問われるのではないかと思います。(Rの件にかぎらず、ビジネスは大抵の場合、予想通りのスピードで進むことはなく、予想よりも遅いか速いかのどちらかです。予想より遅い場合のしのぎ方、速い場合の対応の仕方のそれぞれは、何度かそれを体験したことがある方なら体に沁み込んでいることと思います。)冒頭で書いたように、船は追い風で沈みます。僕はこのことを暴風のさなか常に頭に置きつつメディアコミュニケーション、営業、製品開発、アフターサービスなどの多方面に神経を張り詰めていましたが、この頃の僕を含むR社の立ち振る舞いは、点数で言えば60点くらいかなぁと振り返ります。当時は、成長はすべてを癒やす(あるいは成長はすべての矛盾を覆い隠す)という言葉のとおり問題の種はまだ土中に埋まったままでしたが、おそらくこの春を謳歌していた日々の中、将来の問題につながる幾つかの種がひっそりと根を生やし始めていたのではないかと思います。

続く