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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

栄光の後ろに置いてきたもの 2

2つ目はパブリックリレーションについてのイシューです。

パブリックリレーションとはPublic RelationsつまりPRのことですが、日本ではよくPRのことを単なるメディアへの製品露出と同義で捉えられたり、あるいは自己PRと表現されるようにアピールとピーアールが混同されて使われることが多いのであえてパブリックリレーションと書いています。パブリックリレーションとはブランドにとっては売り手と買い手の関係性にかぎらない、すべての社会構成要素との関係を構築する営みのことです。たとえば同業他社との付き合いも、メディアとの付き合いも、商品の見込み客たりえない一般市民との付き合いもそうです。会社のある地元の自治体や近隣住民との付き合いもそうですし、パートナー企業や下請け企業との付き合い方ももちろん、従業員や採用ターゲットとの付き合いもそうです。長期的にマーケティングをする、つまり製品を気持ちよく販売し続けるためにはこのパブリックリレーションが非常に大事で、とくに同業他社とメディア、そして「ターゲット消費者ではない消費者たち」との関係性の築き方こそが長い目で見たリスクマネジメントの肝となります。

Rはまさにこの、本当の意味でのパブリックリレーションについて完全に後手を取っていました。そもそも売り手と買い手といった直接の利害関係者ではない相手との付き合いには長い時間をかけた努力を必要とするものですし、ブランドの立ち上げ初期の段階では直接の利害関係が希薄な相手との関係性構築の優先順位は低いものでしょう。それがブームを迎えたことで小学生が飛び級で大学生になったようなもので、瞬時にして「社会」という存在と向き合わされて大人の対応を要求されたようなものです。じっくり準備をして関係性を構築するにはあまりにも時間が短すぎました。

早すぎる成長に社会との関係構築が追いつかなかったという点以外にもRがパブリックリレーションに後手をとった理由はいくつかあります。出目が良すぎたという点も一つです。出目が良いというのはPRの界隈の人が使う言葉で、製品がテレビや新聞雑誌などのマスメディアに良い記事として数多く露出するという意味ですが(PR業界の人間が丁半博打に由来するようなことばを使うのも皮肉的ではありますが)、前述したように2013年のRの出目の良さは奇跡的でした。広報担当者やPR会社のエージェントによるピッチ(ディレクターや記者さんに製品の紹介をして記事化をお願いすること)を全く必要とせずに勝手にあらゆるメディアで良い露出が続いてしまいました。メディアさんとの付き合いは企業の紹介や製品の紹介に始まり、たとえ露出がなかったとしても丁寧に根気強く付き合いを続け、人と人との関係が生まれ、それが縁や信頼に変わるという形で構築されていくものです。ただここで誤解のないように言うと、メディアの人と仲良くなったからといって露出が約束されるわけではありません。一部のごろつきは別でしょうが基本的にペイドパブ枠を除いて記事はあくまで記事であって、社会的に意味があったり社会的に流行していたりという報道としての価値があるとディレクターや記者が判断した結果露出するわけですから、製品の露出は結局は製品の底力と社会トレンドの掛け合わせです。さらに誤解のないように言うと、ではメディアさんとの付き合いはたんなる人付き合いかというと、けっしてそうではありません。そもそもメディアとはブランド乃至はメーカー企業にとっては、消費者とメーカーをつなぐ重要な接点です。量販店に商品を出荷し陳列して消費者に売っていただくにあたって、量販店つまり流通小売企業との関係性をとにかく大切にすることが生命線と言っても良いほど重要であるように、同じようにメディアとの関係性も生命線なのです。メーカーが売場を単に商品を置く置き場所として自分勝手に捉え、人間関係の構築をおざなりにしていたとしたら、一切商品はプロモーションされず、競合製品の販促を優先され、そのブランドを買いに来たお客様にさえ他社の商品を勧められてしまい、最後には返品の山を生むことでしょう。同じように、メーカーがメディアを単に商品を露出させるためだけのツールとして自分勝手に捉え人間関係をおざなりにしていたとしたら、露出はまったくないどころか競合製品の露出が優先され、自社製品の情報は他社にリークされ、さらに自社や自社ブランドに対する批判的な記事やスキャンダルが意図的に露出されることにもつながっていきます。Rは奇跡的な出目の良さという幸運に恵まれてしまったがゆえに、メディアの担当者との間に誠意や情で結ばれた絆を作ることが後回しにされてしまったのだと思います。

メディアとの間に絆を作り長期的なパブリックリレーションを構築することを妨げた理由の一つにはRのPRパートナー企業が短期的に入れ替りつづけたこともあります。概ね半年ごとにPR会社との契約を打ち切り、コンペを組み、パートナーさんを選定するというプロセスはしんどいものでしたが、それ以上にコンペを通った会社さんたちにもコンペに乗って頂いた会社さんたちにも、本当に辛い思いをさせたという反省のかたまりが今でも僕の中に残っています。Rがこのように短期間で何度もPR会社を鞍替えした理由の多くは、期待する結果つまり露出が得られなかったためでしたがそのベースにあったのはPRに対するメーカーとエージェンシー間の考え方のずれにあり、さらにその根底にあったのはPR企業に求める役割やPR企業の振る舞い方が、ある面において日本と韓国で大きく異なるという点だったのではないかとうっすら感じています。断片的な情報しか知らないので抽象的な表現しかできませんが、韓国においてメディアは権力的であると聞きました。権力は何に弱いか?そして権力に対する利害関係者はその弱味をどう利用するか?フワッとした話にとどまりますし憶測でしかありませんが、結果的に僕がRに関与していたあいだじゅうずっとPRについてはぴったりとそのピースがはまった瞬間に出会えたことは一度としてなく、その原因はなにかとても根本的なものに起因しているのではないかという思いからの憶測です。

 

人は生きているのではなく生かされているのだと思っています。社会から、自然から、そして何かよくわからないものから。生かされているというのは、たまたま、排除されたり息の根を止められたりせずにいられているということであり、幸いなことに放ったらかしにされているということでもあり、同時に、生きててもいいよ、という、ほとんど透明に近い希薄さでありながらも容認や祝福を与えてもらっているということだと思っています。自然も社会も、極めて容易に一人の人間を排除し息の根を止めます。あっけなく、瞬時に、一人の人間という存在など消し去ります。それは僕らが歩いているときに気づかないままに一匹の蟻を踏み殺しているように、あるいは夏の夜に寝ぼけたままで一匹の蚊を潰しているように。そんな社会の中で、せっかくたまたま生かされているのですから、人は社会的責任を果たさなくてはいけません。ルールやしきたりや協調性を守ったり縁や情や絆を大事にしていくのだという、とても当たり前のことです。(なお僕はこんなことをいかにも偉そうに書いていますが、自分にとって人が世界から生かされているということと人は本質的に社会的責任を果たさなくてはいけないということの間には断層があり続けその二つはごく最近になるまで結びついていませんでした。社会的責任とは方便のようなものだと、思っていました。僕のこれら一連の長い文章のなかには時々、殺人者の改悛のような色あいが滲んでいます。それもふくめてありのままの僕です。今では、赤信号では止まって、青になるのを待つようになりました。)閑話休題、人がそうであるように、企業も同じです。Rも同じです。とどのつまり、社会的な責任を言い換えたのがパブリックリレーションです。それにより批判や糾弾をされない、後ろ指を指されない存在になり、ブランドが長く世の中で受け入れられ続けるということです。

 

Rがパブリックリレーションに後手をとったのはこのような理由からでしたが、それにより、続く日々で多方面から批判や反撃を受ける下地をつくってしまうことにつながりました。

続く