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おまけ:2014年のトピック

本編も終わりましたし、ここからはもう少しカジュアルな文体で書かせていただきます。そういう気分なんです。

 

乾燥

翌年に発売予定だったフラッグシッププロダクトのテーマはハウスダスト除去率の向上に加えて布団の乾燥でした。この取り組みを通じて乾燥という仕組みについて詳しく知ることが出来ました。それまでは乾燥については風が吹けば乾燥するとか、熱を与えれば乾燥するといった漠然としたイメージしかありませんでした。でもたとえば温めれば乾燥するといったイメージは大間違いでした。乾燥とは空気を循環させることで液体の水分が自然に気化することを辛抱強く促すということなんですね。液体の水の表面は常に水の気化が行われます。その表面領域で水の気化が十分に行われると、湿度100%の空気の膜が生まれます。そうなると液体の水はもう気化しなくなるので、それを打破するために空気の循環が必要になります。湿度の低い空気が入り込んでくると、ふたたび水の表面からの気化がうまれるため、それにより蒸発がすすむつまり乾燥がすすむ。ようは乾燥って湿度の低い空気を液体の水の表面に晒し続けることであって、熱や風の勢いなんてものは補助的な効果しかもたらさないんですよね。もちろん加熱が空気の相対的湿度を下げることも勉強しましたけど、あーそういうことかーと拍子抜けな納得をしながら、新製品の開発に取り組んでいました。

 

採用

この年は採用をたくさんやりました。マーケ、営業、開発、研究、人事、経理、いろんな職種で。他人様の会社の採用を僕のような外人部隊がやるというのはいかがなものかというウッスラとした気持ちを持ちつつも熱意をもって採用に取り組みつつ、自分の会社でこれまで何十人も採用をしてきた経験も活かそうと思いつつ、上手く行ったのかどうかは分かりませんが、ここで実感したのは前述したパブリックリレーションズの件とのリンクでした。マーケティングで想定顧客に対して必死にブランドのことを伝えているつもりでも、そうでない人にとっては誰?何?と言われるほど意味不明、正体不明なのがブランドそして企業なんですよね。新卒学生の入社希望ランキングに載る会社ってすげーなー、と思うと同時に、逆になんでそんな会社に入りたいんだろ?という気持ちもなんとなく分かったような出来事でもありました。

 

競合

いろいろ前述したように、あるいは世の中のいろんな人が知っているように、この年は競合のDさんが猛烈な攻撃をしかけた年でした。TVCMでもそう、一部の雑誌やネットのメディアを使ったパブリシティもそう、学者さん的な人間を担ぎ上げたのもそう、売場で徹底的にディスられたのもそう。こういった表現は何かしら競合を揶揄しているように聞こえるかもしれませんが、僕からしたら、Dさんの反撃は素晴らしいものでした。模範的と言っても良いと思います。チャレンジャーがリーダーを喰うというケーススタディとしてMBAで語られてもいいかもしれません。言い過ぎでした。ことカテゴリにおいてカテゴリリーダーであることは本質的価値を訴え続けることであるという点において、Dさんは吸引力という点にこだわりつづけ、合宿所で周りのみんながすっかり眠り込んだ後でも、吸引力、吸引力、吸引力、吸引力…、と明け方までつぶやき続けるような執念深さを持っていますから、Rの属するカテゴリについてもその模範的な執念深さを開花させたケースなのではないかと思います。脱帽とか負けましたとか言うつもりは無いですが、Dがどうこうとブツクサ言ってるんだったら、Rだって足腰鍛えて腹の底から死ぬ気のアッパー打てばいいじゃん、という感じでしたか。

 

中国

2013年の終わりごろからですが中国市場にRを展開しました。この年はソウルにも十数回行きましたが、上海にも同じく二十回くらい行きました。基本は羽田空港から虹橋空港そこから上海市街へタクシーというルートの繰り返しで、タクシーについてはソウルのドライバーよりも運転がいくぶん雑なものの不正やトラブルは一切なく、国民性の違いかなーなどと考えながらぼんやりスモッグまみれの町をながめていました。(ソウルではだいたい3回に1回くらいは大なり小なりタクシーのトラブルがありました。遠回りされたり、別の場所に連れて行かれそうになったり、ぼったくられそうになったり。いずれも大した揉め事ではなくって、ぎゃーぎゃー言ってればなんとかなったんですけどね。)上海でもっとも印象的だった出来事の一つは、朝、ホテルで目を覚まして、カーテンをぱーっと開けたんですね。そのとき、曇り空だったんですが、空に月がぽっかり浮かんでいたのがホテルの窓から見えました。あれ?満月の月が見えてる、すごいな。と思ったんですが、よくよく見たら、それは朝の太陽でした。太陽を直視してOKで、さらに月と見間違えちゃうくらいなんだっていう、例の大気汚染を実感した出来事でした。上海は喋りだしたらこの一連のストーリーと同じくらいの物語があるんですが、それは、おそらく永遠に誰にも語らないのではないかなと思います。中国は大きな国でした。

 

韓国

韓国は大体ヨイドにあるマリオットホテルに泊まっていました。こちらも基本は羽田空港から金浦空港そこからホテルへタクシーというルートの繰り返しで、金浦空港に到着するとアニョハセヨとかヨイドゥとかメリオットゥといった韓国風の発音に体をなじませつつタクシー乗り場に向かうというのが繰り返されました。冬のソウルは格別に心地良く、しびれるような寒さの中をホテルまでたどり着くと床暖房がしみじみと体に沁み込んで疲れた体をじんわりと癒やしてくれたのが今でも思い出されます。ソウルは冬が最高でした。もうヨイドのマリオットのホテルクラークさんに「ウェルカムバック、シンデイト」って言われないだろうなっていうのが少しだけさびしい。

 

広告

広告はこの時期には完全に僕の親友がハンドリングするチームに任せきりでした。本当に最高の仕事をしていただきました。Sさん、Fさん、Oさん、みんなには感謝の言葉しかありません。最高のチームというのは狙ってできるものでは無いのでしょうか。あるいは狙い続けた結果の奇跡なのでしょうか。分かりませんが、あのチームは最高のチームでした。

 

忘却

Rの社員さんたちはRの成功をもってRを知りました。これは当然のことです。Lさんと僕そして回りのみんなで成し遂げたことが過去どころか誰にも知られない出来事としてひっそりと永遠の過去の中に消え去っていました。ほんのわずかだけしんみりともしましたが、過去にタイムスリップ出来る人間がいたとしてその人が過去に起きた破滅的な地球の危機を救ったとして、その出来事がどこかの町のどこかの通りの裏側でひっそりと修復されていて、それは誰にも知られることがなくただただ静かに幸せな日々が綴られていくことと同じようなことなのかななんて思っていました。

べつにぼくは地球を救ったわけでもないし、ある日思っていたように、日本に思い切り渾身の右フックを見舞ってやれたかどうかも分からない。でもただ、やり抜いた感じと、やりきれなかった感じと、あと自分の限界を超えた先に映った自分のありのままの醜い姿が血みどろの死体を縁取る白いチョークのようにくっきりと描かれているのを死後の霊がただただ見つめるような気分が、残った。