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そしてスコップだけが残った

アメリカに、ゴールドラッシュという時代があったそうです。アメリカの西の端のほうの山で金(きん、以下「かね」の補足がなければぜんぶ「きん」です)が掘れたという噂が広まり、みんながこぞってその山に向かっていったそうです。

最初の頃に金を掘り当てた人は沢山の金を手に入れたかもしれませんが、もちろん西へ向かっていった全ての人たちに分け与えられるほどの大量の金が埋まっていたわけではありませんでした。大抵の人たちは泥まみれになり、疲労困憊し、悪態をついたりしながら、スコップと僅かな金の粉末と失意を手に家路についたことでしょう。

このゴールドラッシュでいちばん儲けた人は誰でしょうか。エセMBAの授業みたいで恐縮ですが、ゴールドラッシュでいちばん儲けた人はスコップを売った人だったと言われています。金山のふもとで「さあ皆さん、ガンガン掘ってガンガン儲けてくださいね!」とでも言っていたのかもしれません。あるいは、「カリフォルニアで金が掘れた!一攫千金を狙うなら今!」なんてビラでも撒いていたかもしれません。スコップ屋だけではなくジーンズ屋も儲けたらしく、有名なリーバイスもこのゴールドラッシュで作業がしやすいジーパンとして評判が立ち売上を伸ばしたという話もあります。

しかしこの文章は、このような周辺ビジネスあるいは焚き付けビジネスを礼賛するものではなく、ここからすぐに役立つ成功のコツを導き出そうとするものでもありません。もう少しこの事例を別の角度から捉え直そうという試みです。

 

ゴールドラッシュの事例を僕なりに想像します。最初に金を掘り当てた人は、ひとりでカリフォリニアの辺鄙な山の中でコツコツと土を掘っていたのでしょう。ただ自分の信念と夢に従っていたのでしょう。(もしかすると、金を掘ることすら目的ではなく、穴を掘るのが楽しかっただけかもしれません。)そして2番目にやってきたのが、噂が噂になる前からその噂をなんとなく嗅ぎつけ、「金が掘れたらしいけど本当かな、どうせデマか、取れたとしても一粒の金が取れただけでおしまいなんだろうさ」と誰でも思うような眉唾な状態であってもとりあえず即座に現地に駆けつけるような天性の山師のセンスを持ったような人たちだったのだと思います。その天性の山師は、人によっては早速金を掘りまくったかもしれません。人によってはスコップを売ることを思いついたかもしれません。さらに優れた山師は、スコップを売るために、金が掘れたことや一攫千金のチャンスが生まれたことを周囲に喧伝し始めたかもしれません。3番目にやってきたのは、どうやらスコップ売りが金掘りを煽って儲けているらしいという噂を聞きつけて、自分もスコップを売ろうとした人たち。彼らもいっそう大きな声で、金を掘れ掘れと煽り立てたのではないでしょうか。そして最後にやってきたのが、ラクして稼げる儲け話を聞きつけた素人です。どうやら金が埋まっているのは本当らしい、金で大儲けした人もいるらしい、そして誰でも手軽に金掘りができるようにスコップも作業着も揃っているらしい、なによりスコップ売りがこんなに沢山居るのだからさぞや金が掘れるのだろう、と思って、おしゃべりでもしながらはるばるカリフォリニアまでやってきた、大量の素人だったのではないかな、と思います。

この一連のドタバタ騒動で一番儲かったのは、もちろん、2番目の人たちです。しかし彼らはもともと天性の山師ですから、金なんてすぐに枯渇してしまい後からやってくる大量の素人たちの分まで行き渡らないことなど重々承知であり、金を掘るかスコップを売るかして程よく儲けたところでさっさと次のビジネスを始めたことでしょう。

そしてこの騒動で一番愚かで、そして損をしたのは、最後にやってきた大量の素人たちです。何しろ遠路はるばる旅費を使い、さらにスコップと作業着を買い、汗水たらして泥まみれになったあげく金のつぶ一つ手に入れられなかったのですから。

では、いちばん罪作りなのは、誰でしょうか。そう、3番目にやってきた、スコップを売ることに便乗して、金が有るか無いかとは無関係に、その可能性を煽ってスコップを売ろうとした人たちです。金山の入り口で「昨日は1日で10グラムも採掘した人がいたらしいですよ!あなたもがんばって、掘ってきてくださいね!金が0.1グラムでも取れれば、スコップの元なんてあっという間に取れますよ!」なんて毎日言っていたとしたらこれはもはや詐欺です。(もう一つおまけに言えば、この人達のうちの一部にはもともとスコップ屋ではなく別の仕事をしていた人も含まれていたのではないかと思います。儲け話に便乗しつつ元々の生業も捨て他人を煽って騙す側の商売をするという点において、スコップ屋にあらざる便乗型スコップ売りはもっとも罪作りであると言えます。)

最後には、便乗型のスコップ売りの倉庫にも大量の売れ残りのスコップが残されたでしょう。そして、儲け話の夢を見た素人たちの家にも、泥まみれのスコップだけが残った。悲しい終焉です。

 

こういった、実際の取引よりも周辺取引のほうが活性化し中心が空洞化し最後には市場が潰れるという「掘れ掘れ詐欺」とでも言うべき出来事は、ゴールドラッシュにかぎらず、今の私たちが暮らす社会でも日常的に起きていると感じています。僕が大なり小なり関わった出来事で言うと、数年前にあった越境ECブーム。ごく最近で言うと、民泊ブームです。なんとなく似ていませんか。今コレコレが人気らしいですよ、盛り上がっているらしいですよ、と言われて、ちょっと調べてみるとたしかにコレコレで儲けた人がいる。コレコレ用の運営業者や代行業者まで居るんだぁ。だとしたらコレコレは素人の自分でも今なら儲けられるかもしれないな。と。しかし金があっという間に枯渇したように、市場環境もすぐに変化します。最後に残るのは、ゴールドラッシュと同じように、「儲けた一部の人たちと、罪作りなスコップ売りと、損した大量の素人」です。

もちろんゴールドラッシュと近年の掘れ掘れ系ビジネスとの違いもあります。まず一つはその始まり方が近年のビジネスでは政治経済の環境変化またはテクノロジーの進化によって起きるということです。環境変化とは越境ECブームのように日本国内のEC市場の飽和と中国において経済成長の結果 労働力市場が消費市場に転換したことの掛け合わせであったり、民泊ブームのように日本政府の観光客誘致施策と為替トレンドの掛け合わせであったりです。テクノロジーの進化は言うまでもなく、インターネットの普及やコンピューターの小型化高性能化(つまりスマホ)などの掛け合わせであり、それによって生まれては消えていった幾多のインターネットビジネスがその結果です。もう一つの違いは、その終わり方です。ゴールドラッシュの場合は金が枯渇したというわかりやすい終わり方でしたが、たとえば越境ECの場合は中国政府の法規制の強化がブーム沈静化の一つの要因でした。(ただ越境ECの問題点はまさに便乗型スコップ売りの人々がことさらに越境ECの可能性や魅力を吹聴しながらもその面倒臭さや収益性の低さやリスクについては揃って口をつぐんでいたという点につきると思っていますが。)これは僕の勝手な想像ですが民泊ブームについてもある臨界点を越えたらがんがん法規制がかかって(あるいは何かしらの代替案により外国人をアコモデートする方策が見つかることで)あっという間にブームは終焉すると思っています。或いはそれより先に不動産オーナーと賃借人の間での法的係争が社会問題として取り上げられることから法規制が加速されるかもしれません。

余談ですがこのような掘れ掘れ詐欺に引っかからないようにするためには、「スコップ売りのほうが、金(きん。ねんのため)で儲けた人より目立つ」状態になったら、素人はラクして稼げる儲け話には近づかないほうがいいという教訓を覚えておくと良いのではないでしょうか。まるで法則性でもあるかのように、便乗型のスコップ売りが増えてある閾値を越えるとそのビジネスのバブルがはじける、ということが繰り返されているように感じています。いや、逆かもしれませんね、便乗型のスコップ売りは、もう金塊が枯渇していることを知っているからこそ、あるいはもうすぐバブルが弾ける予兆を(それだけは)だれよりも敏感に感じ取っているからこそ、一層大声を出して最後の売り逃げに備えているのかもしれません。現状でも民泊については、便乗型スコップ売りの跳梁跋扈たるや。

 

 

さて、ここまでゴールドラッシュの事例ともとに「儲けた人、騙した人、損した人」という三人の登場人物について語ってきました。しかし僕がこの文章を書いている目的は、これらの登場人物の分析をすることでもなく、誰かを糾弾することでもありません。僕の家にも転がっている何本かのスコップを眺めての鬱憤ばらしでもありません。(多少は掘れ掘れ詐欺への警鐘の意味も込められてはいますが。)僕がこの文章を書いている本当の目的は、これまでほとんど語られなかった、もう一人の隠れた登場人物について語ることです。それは、最初に金を掘り当てた人です。

最初に金を掘り当てた人は、ゴールドラッシュというブームを起こしたかったのでしょうか。あるいはスコップ売りビジネスで一攫千金を狙っていたのでしょうか。素人を煽動したかったのでしょうか。もちろん違いますよね、彼がやりたかったことは、ただ自分の夢を叶えたかったということ、だけです。なにしろ後に続く幾多の登場人物と根本的に異なるのは、「そこに金が出たと聞かされたからそこに訪れた」わけではないという点であり、彼は自分の内なる信念と夢を信じてそれを行動に移した唯一の登場人物なのです。

そして夢が叶った彼は、本当に幸せだったことでしょう。天性の山師よりも、便乗型スコップ売りよりも、儲け話に乗った素人よりも、誰よりも大きな幸せを手に入れたと思います。彼は誰から求められたわけでもなく、他のいかなる目的のためでなく、ただ自分の内なる信念と夢のために、ただひたすらに自分の心に正直に穴を掘り続けていたのではないかと思います。自分の自由でまっすぐな心の向き先をただ見つめ続け、そこに向かって歩み続けてきたからこそ、金を掘り当てたとき、お金(かね)以上の幸せを得ることができたのだと思います。もっと言えば、彼は、金を掘り当てる前から幸せだったはずです。金を掘り当てる前に息絶えたとしても、幸せだったはずです。なぜならば彼は穴を掘り続けているとき、自分の心に正直であれた、自由であれたはずだからです。自分を愛し信じることができていたはずだからです。
彼はもしかしたら、ただひたすらに自分の心に正直にそして健康に朝から晩まで穴を掘り続けることができるということこそが幸せの本質であり、金を掘り当てるという結果よりも幸せなことなんだということを、知っていたのかもしれません。だからこそ、いくら辛くて孤独な時でも、穴を深く深く、掘り続けることができたのかもしれません。彼は金を掘り当てて幸せになったのではなく、はじめから幸せだったのかもしれません。

 

 

実は、この記事のタイトルは、トリックというかヒッカケです。
この記事の本当のタイトルは、「幸せになったのは誰?」です。
気が向いたら、この種明かしを踏まえて、もう一度記事を読んでみてください。


ゴールドラッシュにおける登場人物は、幸せになった人、儲けた人、騙した人、損した人、の四人でした。ここでもう一つの問いかけがあります。「成功した」のは、誰だったと思いますか。