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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

テイクオフ または、トンネルを掘る

今回の記事は長いので見出しを付けて読みやすくする工夫をしてみました。

 

事業のテイクオフとは

事業の成長を喩えた言葉の一つにテイクオフという言葉があります。直訳すると(飛行機などが)離陸するという意味ですが、飛行機が離陸するときはしばらく滑走路を走り続けたあとでぐんと高度をあげていくように、事業において売上が伸び悩んでいて収益性も低かった状態からぐんと右肩上がりに売上も収益性も上がる状態へ変化することをテイクオフすると言ったりします。事業の成長も大体の場合は、じわじわと等速度で(直線的に右肩上がりに)成長するというよりも、しばらく踊り場があってからぐっと伸びるS字に近い階段状の成長カーブを描くことが多く、語学やスポーツが上達する際に描くカーブとの類似性も感じられます。

 

事業の成長がS字カーブになる理由

なぜ事業の成長は直線的な右肩上がりではなくS字カーブを描くのか、あるいはどういうタイプの事業がそういうカーブを描く成長をするのかについて少し考察します。雑に言ってしまうと、そういうものなのだから、そのことだけ覚えておけば良いよということになってしまいますが、私が想像するに、そこには二つの理由があるように思います。

一つ目は、事業の成長は掛け算の結果だから(あるいは掛け算で成長を作るタイプの事業があてはまる)という点です。事業の成長が幾つかの要素の掛け算で成立するとして、その変数が5つあった場合、0×0×0×0×0はもちろん0です。それらの5要素に対して事業成長の努力をして、いくつかに結果が出始めたとしても、1×1×1×0×1といったようにゼロの要素が残っていたら、結果はまだ0です。1×1×1×1×1となって、ようやく1です。ここからがポイントで、2×1×2×1×2くらいになると、良い感じですね、結果は8になり、2×2×2×2×2になると一気に32に跳ね上がります。このように結果が出始めるとスピーディに再投資も可能になり、3×3×3×3×3となると243、4×4×4×4×4は1024ですから、まさに一気に大空高く飛翔したという状態になります。製造業で言えば変数とは売場の数、客単価、利益率、品目数、消費頻度といった要素になります。WEBメディアでいえば例えばコンテンツ数、登録ユーザー数、1ユーザーあたりのメディア接触頻度、コンテンツに対する評価の良し悪し、コメントやシェアなどのエンゲージメント度合いなどの要素が掛け合わさって最終的にPVというアセットになるか、あるいは直接的に何かの購買やアフィリエイトからの直接的収益につながることになります。

もう一つの理由は、市場のスケールアップは往々にして不連続的だから(或いはターゲットの市場拡大が事業成長の最大の要素であるタイプの事業が当てはまる)という点ではないかと思います。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』という本にも書いてありましたが、特定の規模ないしはクラスタの顧客とコミュニケーションするには、その規模に見合った最適なコミュニケーションチャンネルがあります。同じチャネルを通じてコンタクトしているだけでは、なかなか自然に市場規模を拡大していくことはできません。特定の地域に対してローカル誌や地方CMだけでコミュニケーションをしていても全国区にアピールできなかったり、日本でコミュニケーションしてるだけではいつまでたっても中国市場に展開できないようなものです。とくにWEBベースのサービスでは特定の国/テリトリーで成功したサービスを世界規模の市場に展開しやすい事業モデルが多いですから、こういうスタイルでグロースを狙う人たちが多いように見受けられます。ただその場合でも前述したように掛け算型の事業成功要素がすべて2か3くらいのポジティブな状態になっていることが前提で、そこからの成長はたとえば2×2×2×2×2=32から、10×2×2×2×2=160といったようにさらに加速的に成長していく形になるのだろうなと思います。なお、もちろん市場拡大のインパクトはWEBやITサービスに限った話ではないのですが、ビジネスによっては市場拡大に伴って他の変数が一時的に低下することを踏まえる必要があります。たとえば製造業で言えば新しい市場に対しては新しい販路を構築する必要があり、掛け算要素の「販路」という要素が一旦はゼロになってしまったり、市場ニーズが異なる市場へは新たに製品開発をする必要が生まれ「品目数」がゼロになってしまうかもしれません。あるいはWEBサービスで言えば別の興味対象を持った新しいクラスタへコンテンツを配信していくならば「コンテンツ数」という要素が(ノウハウや体制は構築されているので回復は速いはずですが)ほぼ0に一時的に低下することに甘んじなくてはいけないかもしれません。こういった点で、一部のWEBサービスのように単に多言語化すればオッケーというわけではなく、ビジネスによっては市場拡大に伴い減速要素が生まれるというのも難しさだと思います。

 

飛行機の離陸との不思議な類似点

事業の成長と飛行機の離陸には当然のことながら本質的には全く異なるメカニズムが働いていますが、両者をともにテイクオフと呼ぶことには興味深い理由があると思っています。そこには不思議な類似点があるからです。

飛行機がなぜ飛ぶか。それは、機体の推進力を翼が揚力に変え、その揚力が機体を持ち上げるからです。しかし、飛行機は揚力が機体の重量を上回らないと飛びません。たとえば飛行機が時速100キロで走っていて、100キログラムの揚力を発生させていたとしても、機体の重量が200キログラムだったとしたら(機体の重さが100キログラムぶん軽くなるだけで)一向に空を飛びません。飛行機が飛ぶためには、機体の重量を上回る揚力を発生させるための「速度」を出す必要があるのです。飛行機は滑走路の上で加速して加速して加速し続け、機体は少しずつ軽くなってはいるものの地面からは1ミリたりとも浮かず、さらに加速してその速度の臨界点を超えた瞬間に、揚力が機体重量を上回り、ふっと離陸していくのです。(厳密に言うと、その速度の臨界点を超えたあとに機体を斜め上に傾けて、翼の揚力を高めることで機体を上昇させます。もし機体の速度が臨界点に達していない状態で機首を持ち上げると、翼が受ける抵抗により減速してしまうため、離陸に失敗します。)このように、飛行機はほどほどの速度で滑走路をちんたらと走っていても、翼に揚力が蓄積されていつかは飛ぶ…というわけではなく、永遠に飛び立つことは無いのです。飛行機が飛び立つのには、臨界点を超える「速度」が必要なのです。

いかがでしょうか。ビジネスを運営し成長を目指した、あるいは成長を果たした人ならウーンナルホドと思っていただけるのではないでしょうか。私も、ビジネスを成長させるときにはぐっとアクセルを踏んでスピードを最速に持っていかなければならない時期があると、これまでの経験を振り返って感じます。とくに前述したような掛け算型で成長を狙うビジネスにおいては、掛け算を成立させる一つ一つの要素は、放っておくとすぐにゼロになります。すべてのものは不変ではありませんから、せっかく多方面に投資と努力を行き渡らせて1×1×1×1×1まで持ってきたとしても、時間がたつとすぐに0.5×1×0.7×0.3×0=0、といった具合に、パフォーマンスが減損していってしまいます。WEBサービスでも放置しておけば人は忘れていってしまったり、更新がなければ飽きられてしまいます。まるでもぐらたたきの逆をやるように、ビジネスを成長させる要素が減損する前にあまねく値を2にするために必死にハンマーを叩きつづけるようなスピード感、あるいは加速感というものがビジネス成長の節目には必要であり、それが飛行機を離陸させる際に臨界点まで決してアクセルを緩めずに加速を続けることに似ているのだと思います。(速度が上がっていないのに無理して機首を持ち上げるとおかしなことになるというのも似ていますね。)

さらに別の比喩を言うと飛行機における滑走路の長さはビジネスにおける資金です。飛行場の滑走路の長さは、その機体が離陸できる臨界速度に達するのに必要な距離の2倍で設計されているそうです(この2倍という数字は人から聞いた数字ですが、ちょっとネットで調べると別に2倍に限った話ではないみたいですけど)。仮に、ある飛行機が2000メートルの距離をフルスロットルで加速することで臨界速度に達するとしたら、滑走路の距離は最低でも4000メートルを用意する必要がある。それは何故かと言うと、離陸しようとして臨界速度に達しても機体のトラブルで離陸できなかったときや、2000メートルを越えてもまだ臨海速度に達することができなかったときのために、安全にブレーキをかけて停止できるように、という理由だそうです。なるほどよく出来た仕組みですが、ビジネスの場合ではそこまで用意周到に資金を用意してから滑走を始めることができるケースはなかなか稀だと思います。(仮に資金調達をしたとしてもその分機体がごっつい重いボーイング777とかになってしまいそうですしね。)大抵の場合は滑走路は臨界速度に達するためのギリギリの長さしかなくてその先は崖、いちかばちかの気分でアクセルを踏むのではないかと思います。あとありがちなケースは、そもそも滑走路の長さの設計を誤っていて、臨界速度に達する前に崖が来ちゃうというケースでしょうか。その場合は神風でも吹かないかぎり多くのベンチャーは崖から落ちてさようならします。

このようにテイクオフするにあたっては速度が肝だという点、さらに滑走路長の設計が間違っているとどうにもならないといった点で、なんとも不思議な類似性があるのが飛行機とビジネスです。

 

テイクオフ型事業の成長のコツ

さてここで、加速が大事な「掛け算型」のビジネスを成長させるためのコツ、あるいは心構えのようなものを、飛行機の離陸との類似点から導き出します。まず一つ目は、「いくら頑張っても全く成長しない状態」に発生している力学を正しく理解して、不安を取り除きつつ、やるべきことに冷静に取り組めば良いということです。まずは機体が1ミリも浮上しなくても、加速し続けているかぎり、揚力は発生し、機体をどんどん軽くしてくれているんだ、あともうちょっと加速すれば機体は浮くんだ、臨界点というものがあるんだ、ということを信じることです。次に、掛け算を成立させる要素のどの要素が0のままなのか1を超えていないのかを見極め、スピーディにその要素の改善に取り組みつつ他の要素も失速しないように注意を払うことです。もちろん人間のスピードには限界がありますから、その場合は複数の掛け算変数が一時的にせよ一度に2になるように、タイミングを合わせて仕掛けを打つことも必要になるかもしれません。WEBメディアで言えばコンテンツの大量投入と広告配信とコラボレーション施策とPRピッチの4つを同時に打つようなやり方もあるかもしれません(あくまで掛け算を狙う場合ですが)。

二つ目は、アクセルを緩めたくなる恐怖心を何かしらの方法で乗り越えることです。テイクオフ型ビジネスにおいて滑走路は資金だと書きましたが、限られた資金を短期間で大量投入するのには覚悟が要ります。ついついテイクオフよりも負けない経営、サバイブする経営をしたくなってしまってアクセルを緩めてしまう人もいるかもしれませんが、そうするとそのベンチャーベンチャーではなくなり、飛行機は飛行機ではなく飛行場内を巡回するだけの間抜けなバスになってしまいます。(誤解のないように言うと、負けない経営やサバイブする経営もそれはそれで全然良いと思っています。全然誇れるやり方です。でもそうであるなら最初からテイクオフ狙いはしないほうが幸せなはずです。それは意味のない敗北感を生むだけですから。)テイクオフをもし狙うのであれば、滑走路ギリギリまでアクセルを踏み続ける肚の据わった態度が必要です。ビジネスには安全停止距離のための余分な滑走路はないので崖に落ちると書きましたが、実は、大丈夫です。機体は大破するでしょうが(会社は破産するでしょうが)、人間はべつに死にません。パラシュートがポーンと開きますから。世の中にはセーフティネットというものがあり、会社がつぶれても人が生きる道はいくらでもあります。(なぜここまで言い切るかというと、この教えは僕が心から信頼している十年来の戦友である税理士さんの教えであり、僕は会社をつぶしたことはありませんがいつもこの言葉を信じているので崖から落ちて死ぬかもしれないという恐怖を乗り越えられているからです。)ですから、崖の寸前まで来ていたとしても、アクセルを緩めるよりも崖から落ちたほうがまだマシであることを知り、もし崖から落ちてもせっかくだからパラセーリングでも楽しんでから帰るかと思えるようになればそれはテイクオフへの一番の近道だといえます。

 

 

さて、ここまでビジネスを飛行機の離陸に喩えた話をしましたが、もう一つ僕の好きな喩えにトンネルを掘るという話があります。対比すると面白いと思ったので続けて書きます。

 

 

トンネルを掘るとは

事業の成功までのプロセスをトンネルを掘る工事に喩える人もいます。トンネルを掘る工事は開通するまでは車も人も一切通れずに外からは何をやっているのか一切分からない状態が続きますが、いざ穴が貫通しさえすればそれまで山を登り降りしながら山道をぐるっと迂回していた苦労が嘘のように解消するという特徴を持っています。トンネル工事において穴が貫通するまでの多くの苦労と工夫は事業の成長を考える上でいくつかのヒントを与えてくれるように思います。そのため事業の成長をトンネル掘りに喩える人もいます。

 

トンネル掘りとビジネスの類似点

トンネルを掘る作業は、穴を掘りはじめたときは良いものの、奥に進めば進むほど苦しくなります。先へ進むほど暗くなり、徐々に入口との距離も遠くなるので引き返すことも難しくなります。そして先へ進めば進むほど水や食料や灯りのための燃料も少なくなり、どんどんジリ貧になっていきます。穴を掘り始めた時に背中から聞こえてきた声援も、もう、一切、聞こえない静寂の中で、誰からも応援されずともピッケルを振るい続けなくてはいけません。諦めてしまえばそこに待っているのは孤独な死のみです。この、事業の成功に向けて前進していけば行くほど、収益が上がるどころか逆に資金が枯渇し体力も疲弊しそして精神的に苦しくなっていくという状況は多くのビジネスの立ち上げ後にしばらく訪れるものではないでしょうか。

そしてもう一つの類似点は、トンネルを掘っている当人からすると、トンネルがいつ開通するか分からないという点です。(トンネルの外から地図を見ながら状況を俯瞰すれば、だいたいあとこれくらいだなと分かるかもしれません。しかしトンネルを掘っている当の本人にはもう携帯もつながりませんから、あとどれくらいで開通するか伝えられません。この点についても、ビジネスに果敢に取り組んでいる当の本人が意外なほど自分の置かれた状況を俯瞰できないことがあるという点で、不思議な類似を感じます。)奥へ進むほど物資も体力も減っていくのに加えて、いつその苦労から解放され、穴の向こうに眩しい太陽の光を拝めるのかが分からないという状態は大きなストレスです。コツコツ穴を掘り続けて前進しているはずなのに、もう出口まで到達していて良いはずなのに。もしかしたら前進しているつもりで一歩も前進していないかもしれない。気づかないままにぐるっと蛇行して、あさっての方向に掘り進んでしまっているのかもしれない。もしかしたら自分はこのまま穴の奥で誰にも知られないままに、寒さと闇の中で、孤独に、死んでしまうのかもしれない。そういった不安に囚われて絶望に落ち込んでしまうかもしれません。望んだ出口になかなか到達できずそこに向かっている実感も得られないという、まるでトンネルの中で四方八方が漆黒の闇に覆われているような感覚に襲われることはビジネスを運営していく上では大なり小なり必ずあるのではないかと思います。

 

トンネル掘り型事業の特徴

事業を成長させるプロセスは前述したテイクオフ型とトンネル掘り型という二類型にくっきりと分かれるわけではなく、あくまで比喩を通じてその特徴を際立たせているだけのことですが、ここでは便宜的にトンネル掘り型と称してその特徴を考えてみます。

テイクオフ型の事業はスピードを重視して変数の掛け算を作りつつ市場を段階的に拡大していくという、どちらかというと積極的に世の中に変化を創り出すスタイルですが、トンネル掘りはむしろやるべきことをコツコツとやりながら、時代が追いつくように あるいは遠くの点とこちらの点の2つがつながるように、じっとマジックが起こるのを待ち構えるスタイルです。たとえば中小の家電メーカーが、ご飯でもなくパンでもなくシリアルでもないまったく新しい朝食のスタイルを提案する調理家電を開発しそれをひっそりと売場に置き始めたとして、最初は誰もその製品に反応してくれないでしょうが、コツコツと販売とコミュニケーションを続けた結果じわじわと(ほんとうにゆっくりと)愛用者が増え、それがたまたま何かの偶然で有名人やオピニオンリーダーの誰かの目にとまる、それと平行して時代のトレンドがじっくりゆっくりその新しい朝食を受け入れるライフスタイルに近づいていく、その結果はるか遠くにあった2つの点がようやくつながるように、発売から何年も何年も経ったあとで大ヒットを生むようなものです。あるいはたとえば、対日旅行者がいまださほど伸長していないものの将来の経済成長が見込めるフィリピンやベトナムなどの東南アジア諸国を相手にしたインバウンドビジネスを始めたとして、入念に仕込みを入れ体制を強化し実績を積み現地国とのコネクションをじわじわと強化していたとしても、最終的には対象国の経済成長と対日旅行者の増加をじっと待ちつつ、辛抱強くサービス情報を現地に発信し、日本への来訪をじっくり弛まず(たゆまず)牽引していかなければいけないようなものです。ただしここで誤解してほしくないのは、時代の変化を待つと言ってもただ単に寝て待っていればよいのではなく、できることに八方手を尽くしつつ、時代の変化を辛抱強く引き寄せてくる努力によって初めて時代は変化するのだということです。変化をただ寝て待っているだけでは、もし仮にたまたま自分に都合の良い方に時代が変化してきたとしても、そのときにはあなたはその変化のトレンドの渦中に居ないただの傍観者でしかありません。そしてなんだかんだ言って、時代の変化というのは常に人が起こすものです。その陰には、ひたすらトンネルを掘り続けるようにじっくりとしかし弛まずに2つの点を結びつける努力をし続ける人間が背後にいるものであり、誰も望まない方向には時代は変化しないものです。インバウンドビジネスで言えば、経済成長は潜在的なトレンドだったとしても、それを待ち構えて日本の魅力をコツコツと火打ち石を打つように発信し続けてきた存在がいてこそ経済成長というガソリンが吹き出した瞬間に訪日という炎が燃え上がるわけです。

このように解説すると前に掘り進むトンネル掘りとは逆に、時代を「引き寄せる」という感覚のほうが正しい感じもするのですが、まあトンネル掘りで始めた比喩の話なので、そのまま進めます。

 

トンネル掘り型事業の成長のコツ

極めて実践的な話ですが、まずトンネル掘り型事業を運転する際に大事なのはロジスティクスを万全に備えることです。リュックに水と食料を入れて孤独な穴掘りの旅に旅立つのではなく、ちゃんとトロッコか何かのレールを敷いて、常に水と食料と燃料をピストン往復で補給できるようにすることです。ときには気分転換のためにビールを搬送したって良いのです。前述したようにトンネル掘りはいつ穴が開通するか分かりません。こちらの都合の良いタイミングでは時代は動いてくれないのです。であれば永遠に穴を掘り続けていられるように、場合によっては掘っている人がリタイヤして次の世代に代替わりしたとしてもまだなお穴を掘り続けられるようなロジスティクスを備えておくことが必要条件となります。ビジネスで言えば、(トロッコの兵站路を最初に構築する時期はそれなりにパワーとお金が要りますが、その後は)収益性の高い他事業からの利益の一部を配分しつづけるスキームを作るであったり、パートナー企業とのバーター取引の中でリソースを確保するであったり、他製品の生産ラインや物流ラインに相乗りしながら生産と販路を確保するであったりということです。いったん兵站路が確保されればコツコツと続けられる環境を維持することはさほど難しくはありません。

次にトンネル掘り型事業で大事なのは、意欲を持ち続けることです。コツコツと続ける「環境を維持する」ことは難しくないと書きましたが、コツコツと続ける意欲を維持することは、生易しいことではありません。いくらロジスティクスがあっても、ロジでは孤独と不安は癒せません。人によっては、こう自分に言い聞かせることもあります、曰く、トンネルを掘っていくと掘れば掘るほど周りが暗くなるものだ、そして最後のひと掘りをするときこそがもっとも暗いのだ、そうまるで夜明け前が一番暗くて寒いように、しかしトンネルを掘るならつねにそのことを信じていよう、周りが暗くなるのは先に進んでいるからだ、そして何より最後の一穴が開いた瞬間に差し込むまばゆい光のことを考えよう、そのまばゆい光を常に胸に想像して掘り続けていれば孤独も不安も乗り越えられるはずだ、と。この考え方は人の気持ちをヒロイックに鼓舞するかもしれません。ただ私が思うのは、誰しもがこんなふうなストイックでヒロイックな考え方を行動原理にし続けることはできないんじゃないかなということです。人間は信念だけでは生きられないと思うのです。

私はむしろ、意欲を持ち続けるには、掘るプロセス自体を楽しんでしまえば良いと思っています。もはやトンネルを貫通させることを目的にするのではなく、終わりのない楽しい遠足だと思えば良いのです。友達との、楽しい遠足です。じつは上のほうでは書かなかったのですが、もうひとつトンネル掘り型の典型的なモデルと言えるものに、自己実現型のビジネスがあります。音楽や小説などの芸術であったり、工芸品やデザイン雑貨などのクラフトであったりです。(「あるいは最近流行りのYoutuberもこの例に属します」と書こうと思いましたが、ただ表面的にアクセスを稼ぐ方法論ばかりを聞きかじって、小手先のテクニックだけでアクセスを伸ばして小銭を稼ごうとしている似非Youtuberと混同されてしまいかねないのでここではYoutuberについて語るのはやめます。Youtuberで成功する方法については別の記事で書きます。)こういった自己表現・自己実現をビジネスと呼ぶことに違和感があるかもしれませんが、どっちにしてもそれを通じて社会に受け入れられ家族を養っているのですし、ビジネスだって「ただの」自己実現にすぎないのですから、両者に大きな差はありません。自己実現型のビジネスをしている人々に共通しているのはそれをやっているのが楽しいからやっているという点です。たとえば歌を歌うのが大嫌いだけどスターになりたいから嫌いな歌を歌い続けている、そんな人がスターになれるでしょうか。自己実現型のビジネスにとってトンネルが開くのはあくまで結果に過ぎず、穴掘り自体を楽しんでいるからいつまででもそれを続ける意欲を持てているのだと思います。

 

 

さいごに:克己よりも抱擁(embrace)をしませんか

ここまで、事業が成長する過程で生まれる心の葛藤や苦しさを喩えた、二つの比喩について書いてきました。

しかし僕がこの比喩を引き合いに出したのは、テイクオフを狙うにあたって「死ぬ覚悟をしてからアクセルを踏め」と言いたいわけではないんですね。トンネル掘りをはじめるにあたって「どんなに孤独でも穴が開くまで帰ってくるな」と言いたいわけではないんですね。むしろその逆で、テイクオフするなら、「まずは全力でアクセルをベタ踏みする加速感ってサイコーだから楽しもうぜ。離陸したらそれはそれで最高だよ。でももしアクセルをベタ踏みしても飛ばないなら、飛行機からポーンと飛び出して、パラセーリングよろしく素敵な山あいの景色でも眺めながら帰っておいで。そしてまた、別の飛行機に乗ろうぜ。」って言いたいんですね。トンネルを掘るなら、「しっかりトロッコの線路を敷いて、そしたら友達とおしゃべりしながら、歌を歌いながら、長い長い旅をずっとずっと、楽しんでおいで。穴が開いて光が射し込んできたら、それはそれで最高だよ。でももしも旅を楽しみ尽くしちゃったら、トロッコでぴゅーんって帰っておいで。そしてまた、別の穴を掘ろうぜ。」って、言いたいんですね。

 

ビジネスの心構えについて語る人って、どうも、克己とか自己犠牲とか、そういうふうに考え過ぎで、昔はそういうもんかなと思って僕も頑張ってきたのですが、それって成功への近道というより、むしろ逆なんじゃないかと 割と最近になって気付くようになりました。やっぱり人間って気持ちと感情がありますし、それはただ理性とか克己の精神といった「やせがまん」で乗り越えるべきものなのだろうか、むしろ逆で、気持ちと感情のパワーを最大限に後押しにすることでしか本当の成功には到達できないんじゃないか、と。人間が弱い生き物であるならば、その弱さに克つのではなく、それを抱擁することなんじゃないか。もっと言えば、死にたくない(生きたい)という気持ちや、孤独でいたくない(喜びや悲しみを愛する人と分かち合いたい)という気持ちを否定したり我慢したりしないと成功しないビジネスがあるとしたら、そんなものは、嘘だ。そんなことに気付き始めたので、この記事を書きました。

 

だからビジネスの成長にとって大事なことは、「己が置かれた状況を知って、準備をして、セーフティネットの存在を自覚して、あとは全力で楽しむこと」です。言い換えれば、自分の気持ちと感情を、最大限に肯定すること。結局は、そこからしか、ほんとうのエネルギーは出てこないから。