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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

イラシャマセを蔑むこころ

ノンジャンル

外国の人と仕事をしてきた中で、覚えておいてよかった、本当に役に立った教訓がひとつあります。それは「外国人との会話では相手の知性を実際の70%に見積もってしまう」という心理学的な事実です。会話が通じにくいから伝わりづらいと思うだけでなく、相手のことを実際よりも「馬鹿だ」と感じてしまう、無意識的に相手をそうみなしてしまうという心理的作用のことです。

これは外国人の相手が日本語を話してくれるケースと、お互いにノンネイティブな英語を使って会話するケースに特に当てはまると感じています。あと、通訳業を専門にしていない人(たまたま英語が喋れる日本人社員が日英の通訳を任されるとか)が間に立った会話にも当てはまります。具体的にはどういうケースかというと、たとえば外国人の相手が日本語を話してくれる場合で言えば、「◯◯さん、これについてはどう思いますか?」と訪ねて、「ウーン、チョト、ヨクナイデスネ。ダッテ、オオキイナイシ、ムズカシイダカラ。」といった返答が返ってくる。そのときに、言っていることの趣旨は理解できたとしても、言葉が聞き取りにくいな、語彙が少ないな、文法が間違っているな、と言った印象から、印象として、相手の知性そのものを低く見積もってしまう、あるいは相手の能力を過小評価してしまうという偏見がどうしても生まれてしまうということです。「この人は語彙が少ないし文法も発音も間違っているが、言っていることは筋が通っている。だからこの人の言っていることは信じよう」となるのではなく、「なんか、言ってること分かりにくいし言葉遣いもたどたどしいから、ちょっとこの人あんまり頭良くないんじゃないかな。ちょっと信用できないな(笑)。だいじょうぶかなこの人?」とどうしても感情のバイアスがかかってしまうという、あぶない落とし穴です。

このような過小評価の度合いを定量的に分析すると、だいたい70%くらいに評価するのだそうで、何かの記事に書いてありました。僕がいろんな外国人と仕事をし相手のことを評価した印象を振り返って、みごとにその通りだったので驚き、それ以来、この教訓を胸に刻み込んでいます。「ダッテ、オオキイナイシ、ムズカシイダカラ。」と言っている言葉の奥には、おそらく1.4倍くらい(1÷0.7)の深い含蓄と思索が練り込まれているものの、たんなる言葉のフィルターだけのせいでハイコンテクストなニュアンスが削げ落ちてしまっているだけなのです。

なおこの現象は、言語の壁があるコミュニケーションだけではなく、僕らがよく使うスカイプでの通話でも当てはまると思っています。音声がすこしとぎれとぎれになり雑音が混じる。あるいは表情の細かいニュアンスが読み取れない。こういったノイズが混ざる結果、コミュニケーションの細部が削げ落ち、その結果相手の能力や知性をunderestimateしてしまうことも、時折起こります。こうなるとスカイプで外国人と話すとしたら更に酷いことになることを自覚し、丁寧なコミュニケーションを心がけると同時に、相手を過小評価し見下してしまうことを厳に戒めなくてはいけないと思っています。

この教訓から肝に銘じるべきことは、まずは上記したように、言葉が通じにくい相手でも、たいていは自分と同じくらいかそれ以上に賢いはずだということを前提に考えることです。とくに日本語を話す外国人について言えることですが、日本語はやはり他の外国語に比べて難しいです。しかも日本語は世界でたったの1.4%、日本人しか使わない珍味みたいなつぶしの利かない言語ですから、そんなめんどくさい言葉をわざわざ覚えているというその点だけでも知性や能力は一般人より高いと見做してよいのではないかと思います(逆のバイアスをかけるという意味でも)。次に肝に銘じるべきことは、「相手からも同じように思われている」ということです。とくにノンネイティブ同士の英語で会話するときや、通訳を介した会話においてです。こういうときはとにかく平易な言葉を使いつつ、大きな声で誰にでも分かるように話し、一つのメッセージをさまざまな言葉のバリエーションで幾重にも重ねて誠心誠意伝えるしかありません。そして言葉を介したコミュニケーションだけでなく、表情やしぐさ更には絵やチャートを使うなどして、お互いの微細なニュアンスを確かめ合う努力を惜しまないことだと思います。

 

今回話したことは、なにも世界を股にかけて外国人相手にバリバリとビジネスをするような人たちに限ったテーマではありません。コンビニで「ポイントカードオモチデスカ」とちゃんと毎回声をかけてくる外国人のアルバイトさんや、牛丼店で「ナミタマゴオマタセシマシター」ときびきびと働いている外国人のアルバイトさんを目にしたときにこそ、あまねく日本に暮らすすべての日本人に思い出してもらいたい教訓だと思っているのです。彼らは馬鹿じゃないよ。