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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

ユーチューバーで成功する方法

成功とは何か

今回の記事はかなり直球勝負なタイトルですが、釣りでもないですしアクセスを稼ぐつもりも全くありません。ユーチューバーになりたい人でなくても、事業を成功させようと努力している人や、その中でも成功とは何かについて模索している真剣な人たちへむけた記事です。

この記事を書くしばらく前に、Youtuber業界のかなり中のほうにいる友人と出版業界のかなり中のほうにいる友人と会う機会があり、それぞれ楽しく話を聞きました。今回は私見をなるべく交えずなるべく脚色せずに書きます。

 

 

Youtuber業界のかなり中のほうにいる友人の話
大手Youtuber事務所に登録して多大なる支援と教育を受けている数千人のYoutuber達の中でも、Youtuberとしての営みから収益を得てそれで生活ができている人は全体の2%だそうです。そして彼らは毎日かならず動画をアップするそうです。つまり1年間で365本の動画をアップしていることになります。そうしないとYoutubeGoogle)の仕組み的に高く評価されないそうです。そんな彼らの一日はこのように過ぎていくそうです、その営みを深夜0時からスタートさせてみます。
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深夜0時:明日作る動画のネタ探しとネタ検討のためにYoutubeとインターネットをしらみつぶしに徘徊しながら頭をひねってネタを練る
深夜3時:寝る
午前10時:起床
午前10時〜12時:撮影の準備
午後1時〜3時:撮影
午後3時〜6時:編集
午後8時:動画をアップ
午後8時〜11時:Youtubeのコメント欄に張り付き、コメが付いたら即レス
深夜0時〜3時:以降繰り返し
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なんか売れっ子の(あるいは売れてなくても必死にがんばっている)連載漫画の漫画家みたいだね、と話したら、そのとおりだねと言われました。上記の一日のスケジュールは決して誇張ではないのだろうなと思います、撮影にしても編集にしても5分10分で終わるものではありませんから。そして現実的にがんばっているYoutuberはほとんどの場合、たしかに毎日動画をアップしています。

そして毎日動画をアップするのにはYoutubeGoogle)からの高い評価を得るためという理由だけでなく、時事性の高いコンテンツをアップすること、それとコンテンツが更新されない日を作らないことでファンとのエンゲージメントを途絶えさせないこと、という理由もあるそうです。

繰り返しますがぎりぎり飯が食えているというレベルであってもYoutuberの日常はこのようにして一日が過ぎそして一年が過ぎていくのだそうです。

 

 

出版業界のかなり中のほうにいる友人の話
書籍を出版するにあたっては基本的に作家と編集者がペアになって本を作っていくそうです。作家は自分の専門性をコアにして深く深く掘り下げ、編集者はそこから面白さと大衆性を導き出し多くの読者に広げていく工夫をするというのが両者の基本的な役割分担だそうです。そこでポイントになるのは作家さんのコアの掘り下げ度合いで、それを例えるなら「『窓枠のネジ』について本が一冊書けるくらいの狭さと深さがないと本なんて書けない」と言われました。ネジというだけでも狭いのにさらに窓枠に限定して本を一冊ですから、ネジのことなど知らない僕からしてみたら想像もつかない世界です。そしてそのネジについての知識は単に博識で網羅的であるということではなく、自分の人生や自分の体験、自分自身の何たるかという内的なものと結びついていなくてはいけないのだそうです。確かに、そうでないとただの博物学でありウィキペディアや技術マニュアルと大差ないものになってしまうのでしょう。言うなれば窓枠のネジについての知識から始まり、それについての執念、そしてなぜ窓枠のネジに執念を燃やし続けるのか、そんな自分とは何者なのか。それを描くのでないとしてもそこまで到達していないと人の心に届く自己表現にはなりえないという話でした。

そしてそういったコアで深い、自分自身の核にまで掘り下げられたテーマを描くにあたっても自分ひとりでそれを描ききることは到底できず、表現技術や大衆性そして二人三脚の精神的サポートとして編集者の存在は欠かせないのだそうです。確かに多くの本のあとがきには大抵編集者への謝辞が述べられていますがあれはおそらく単なる社交辞令ではなく、本心からのものであるのだろうなと感じさせられました。

もちろんのこと、深い深いテーマを核として持つ作家と大衆性を実現するプロが信頼関係のもとに二人三脚を続けたとしてもベストセラーになるのはほんの一握りなのでしょう。

 

 

「好きなことで、生きていく」どころではなくて
成功の定義をアクセスを稼ぐこととするならば、日々のこの苦しい営みは手段でしかありません。しかし一年365日を動画制作に捧げることや自分の人生におけるテーマを徹底的に深掘りしつづけることがただの手段であるならばそのような営みは続くのでしょうか。毎度どこかで書いていることですが彼らにとって成功の定義は自分と向き合い続けること、表現をし続けることであり、アクセスを稼ぐことは結果的についてきたオマケでしかありません。その意味でYoutubeGoogle)が展開した「好きなことで、生きていく」というキャンペーンのコピーは的を射てはいますが、同時に甘くて生ぬるい幻想を見させるようなズルさにも満ちています。僕だったら「やらなければ、死ぬ」というコピーにします。やらなければ死んでしまうという人だけがYoutuberを目指しなさいという意味です。

やらなければ死んでしまう人にとってはやり続けていれば生きていられるのだから、ほら、成功しているでしょう。でも、このことは皮肉的に言っているのではないんですよ。ほんとうに、やらなければ死んでしまうという人は、じつはけっこういて、その人にとって、その表現の場に出会えたことは、命と魂の救いだったりするのです。