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信じる者は救われる

プラセボという言葉があります。医学とか心理学とかの世界の言葉です。そして僕は広告とか宣伝とか販促とかの世界に身をおいています。今回はプラセボと広告の話、そして広告と「信じること」の関係について思うことを書きます。

 

プラセボとは日本語では偽薬効果と呼ばれるもので、本当は薬としての効果が無いのにそれを飲むことで症状が良くなる現象のことを言います。たとえば高血圧の人たちを半分に分けてAグループには血圧を下げる効果がある薬を飲ませ、Bグループにはメントスか何かの、なんの薬効もないタブレットを飲ませます。そして両方に対してこれは血圧を下げる薬だよと言います。するともちろんAグループの人たちの血圧は下がるのですが、Bグループの人たちも少し血圧が下がるという現象です。ですので薬の効果をはかる際にはBグループの人たちに起きたプラセボ効果を差し引いて評価をする必要があるとみなされます。しかし僕はどちらかというとメントスにもプラセボ効果があるんだ、すごいなと思ってしまいます。メントスでもそれを信じて飲めば、血圧という人の思い込みではどうにもならないような体の症状にすら変化が訪れるというのは、人間の体って一体どういう仕組になっているのかと謎に包まれた気分になります。

もう一つ別の例で言うと化粧品の効果があります。化粧水やら乳液といった基礎化粧品は成分のほとんどがただの水で(メーカーの人もそう言っていました…)、しかもいろんなブランドの製品が出ているもののそれらを作っている工場は元を辿れば同じ工場の同じ生産ラインだったりするのですが、重厚感のあるボトルに詰められ綺麗なラベルを貼られて店頭に並べられると、とあるブランドにはたとえば5000円といった値札が付き、まるでそれが魔法の水でもあるかのようにありがたがられます。もちろんその化粧水に高い値段がつくのは有名な女優を起用したブランディングのための費用を回収するためでもあるのですが、そもそもその化粧品を「その値段に見合った効果があるはずだ」と信じてもらうという効果もあります。はたしてその高価な化粧水を毎日使う女性はどうなるか。まず折角高いお金を払ったわけですからそれを丁寧に毎日使い、毎日丁寧なマッサージもすることでしょう。そしてそのブランドのCMに映る美しい女性の透き通るような肌を眺め、自分もこのように美しくなれるという強い暗示にかけられることでしょう。そしてさらに、高級な化粧水をつけているということで自分に自信も生まれ、自然と笑顔もあふれ、その笑顔はきらきらと素敵なものになることでしょう。結果的に、その化粧水はその女性を美しくするのだと思います。

しかし誤解していただきたくないのは、(ほぼ)ただの水にすぎない化粧水に法外な値段をつけて販売している化粧品メーカーを批判するつもりはまったくないし、(ほぼ)ただの水にすぎない化粧水を高い金を出して買ってありがたがっている人を馬鹿にするつもりもまったくありません。ここで目を向けたいのは、人の信じる力の効果の大きさです。そしてそれを支える宣伝広告とマーケティングのもつ力です。たとえば、化粧水の例でいえば、同じ成分の化粧水をペットボトルに入れて「これはただの水だよ」と言って使ってもらったとして、5000円の化粧水を使った場合と比べて同じ効果が出るでしょうか。おそらく大きな差が出ると思います。ではこの効果をただのプラセボだと言って批判できるでしょうか。もっと言えば驚異的なプラセボを生み出す宣伝広告という魔法を嘘偽りだと言って否定できるでしょうか。たとえば鯖を下関の鯖だよと言われて食べるほうが美味しく感じるし鮪を三崎の鮪だよと言われて食べるほうが美味しく感じるものです。こんな話はいくら書いても書ききれないほど世の中にあふれかえっていて、そしてほとんどすべての宣伝広告に携わる人間が明確に自覚していることでしょう。この意味で宣伝広告とは現代における呪術なのだと思います。呪術と書きましたが「おまじない」と呼んだほうがやさしい言葉でしょう。そしておまじないは宣伝広告にかぎらず人間が暮らす中で至る所に存在していると僕は思っています。おかあさんが「痛いの痛いの飛んでいけ」と言ってくれる言葉のあたたかさ。友達から「今日も顔色いいね、元気だね、きみを見てると僕も元気になるよ」と言われることのうれしさ。先生から「うまくなったね、パンチ速くなったね」と言われることの心強さ。逆の例は心が滅入るので書きませんが、人間は科学技術によって囲まれている世界を生きているように見えつつ、そのじつは魔法と呪術の世界にどっぷり浸かって生きているのだと日々感じています。

もちろんその魔法や呪術が嘘に基づくものであったり相手を陥れるために用いられるのはいけないことであることは言うまでもありません。最近の水素水騒動などもいかにもインチキ100%です。でも水素水の効果が嘘であっても結果的に水を沢山飲むことで健康になったといった、笑えないような笑い話があったり、嘘だと分かっていてもなお やさしい言葉で人が救われることもあったりします。ひとつの言葉で人は死ぬこともあるし、ひとつの言葉で人は生かされることもあります。なんとも人間は弱くそして不完全で、その不完全さこそが人間なのだと思います。