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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

福島の宿

もう何年前のことになるのかすら忘れてしまったけど、たしか10年ほど前か、もっとはるか前かもしれない。福島県にある、とある温泉宿にひとりで三泊くらい逗留したことがあります。そのときのことを思い出したのでダーッと推敲なしで書きます。

 

若いころはたまに断食をするのを習慣にしていて、年に一回くらいまとまった休みのとれるゴールデンウィークなどをねらって断食をしていました。僕の断食のやり方は、まる3日間、基本的には水と少量の塩のみを摂り、それ以外はまったく口にしないやり方でした。開始前日の晩は暴飲暴食を避け、次の日からは水オンリーです。初日の晩は猛烈に腹が減りますが、それを乗り越えれば二日目と三日目はとても快適に過ごせます。復食という、通常の食事に戻す四日目の朝ごはんはできるだけ体に優しいバナナとかおかゆなどをたべますが、一口二口食べただけでお腹いっぱいになり、その後の昼ごはんからは概ね普通の食事に戻ります。

断食をしようと思ったのは、「人間の体は一日に2リットルの胃液を出し、1リットルの膵液を出し、500ccの胆液を出し、1リットルの唾液を出している」という話を聞いたことがきっかけでした。ならばたまにはそれを休ませてみようと。ようは単なる好奇心です。断食をすると、まず五感とくに嗅覚が格段に鋭くなることがわかりました、それ以外の聴覚や視覚も鋭敏になるような気がします。次にテレビではいかに沢山の番組が食に関するコンテンツを流しているのかがわかります。テレビをつけていると食べ物の映像ばっかりです。さらに断食をすると、人間の一日がいかにものを食べることに費やされているか、食べることだけでなく、何を食べるかを考えたり、食べた後の食器を片付けたり、そして出るものを出したりということに本当に沢山の時間を割いているのだということがわかります。そのぶんだけ時間をたっぷりのんびり使えるのも断食をする醍醐味の一つです。よく断食をすると体がフラフラになって何もできないんじゃないかと聞かれますがそんなことはなく、全力疾走するような運動はできないものの、日常生活は全く普通に送れます。ただ断食をすると前述したようにまとまったことに時間を使えるようになるので、必然的に独りぼっちになって思索にふけるであったり、人生について振り返ってみたりする時間に割り当てることが多くなります。

僕が福島の宿に行ったのも、このようにして断食がてらという目的で何の気なしに宿を選び、何の気なしに訪れた出来事でした。季節はおそらくゴールデンウィークでしたでしょうから暖かく本当にうららかな日々で、福島という土地も今のように悲しいイメージをまとっていず素敵な自然に囲まれた本当に美しい土地でした。ただその宿の名前も土地の名前も全く覚えていないので、おそらく僕がその宿に行くことはもう二度とないのだろうなと思い、それがとても残念です。東日本大震災で福島が大変な不幸に見舞われたとき僕にはその名前も忘れた場所も忘れた宿のことが真っ先に思い出されました。

 

福島で断食旅行をしていたとき思い出されるのは二つの出来事です。一つは宿での出来事でした。逗留中は、まず宿の主人に「私は断食をしているので、食事は一切出さなくていい、最終日の朝だけ朝食を出してもらえばいいから一切気にしないでほしい」という話をして、それからは部屋でぼけっとしたり温泉につかったり、近所を散歩したりを繰り返していました。そんな時間をのんびりすごしていると、ちょいちょい宿の主人が僕のことを見ていることに気付きました。それでも気にしないで温泉と自室をぷらぷら往復していると、ときに「お客さん、大丈夫ですか」とか「お客さん、ご飯は本当にいらないんですか」と聞いてきます。面倒くさいものの「大丈夫ですよ」と返しつつのんびりと自室にこもっていたのですが、その時ハタと気づきました。宿の主人はおそらく、僕が自殺をするつもりだと勘ぐっているんだと。笑。福島のなにもない辺鄙なところに薄暗い顔をした青年だか中年だか分からないやつがきて、何も食わずにフラフラしていたり自室にこもっていたりする、これはおそらく自殺だと勘ぐるのも不思議ではないでしょう。もしそうだとしたら、宿にとっては客室で人に死なれでもしたら大事(おおごと)ですしその後の営業にも多いに支障をきたすでしょうから、その兆候を看過するわけにはいきません。ということで宿の主人にとっては気が気でないはずだよなあと申し訳ない気持ちになりつつ、とはいえ「私は自殺しませんよ」などと言おうものなら余計に不審がられて警察にでも通報されたりしたらこちらにとっても面倒だという思いで、宿の主人には何も言わずに引き続き断食逗留を楽しんだものでした。断食あけの復食の際に「今朝は朝ごはんをいただきますよ」と言ったときに宿の主人が本当に安心してほっとした表情をしていたのを今、なんとなく思い出しました。その日の朝ごはんはふきのとうの味噌汁で、本当に、おいしくて、しみじみと腹にしみこんでいったことを今でも憶えています。名前も忘れてしまった宿だけど、ご主人、本当にありがとうございました。心配させちゃって、ごめん。

 

福島の断食旅行でもう一つ鮮烈に思い出されるのが山の中で瞑想していたときのことです。逗留中は最初は自室と温泉の往復でしたが、それにも飽きがきたので宿の近所を散策しはじめました。確か復食の前の最終日だったかと思うのですがその日は朝から宿を出て近所にある山のなかに分け入り、もう完全に食欲もないしトイレの心配もする必要もありませんから、ほぼ一日じゅう山の中の草むらで温かい太陽の光に包まれながら瞑想めいたことをしていました。瞑想と言えば聞こえは良いですが実際はたんにボケッとしながら草や、虫や、風や、空を眺め、土と草と空気の匂いを感じていただけです。そんなふうにしていたとき僕の目の前にあった朽ち折れた木から小さい芽が生え、とても細い鉛筆よりも細い幹が新しく生え始めているさまに、目が止まりました。その木をじっと見つめていると何故か、なぜかとてもしみじみとして、目を離すことができなくなりました。ずっとそれを見ていました。思考のプロセスは覚えていませんが、僕の心に残ったのは、「生きるというのはこういうことか」という確信というか実感のようなものでした。僕の稚拙な言葉で言葉にしようとするとどうしても軽薄になりますが、ただ生きるということです。大きな木が折れ朽ちかけたときどんな風におもっただろうか、せっかく長年を掛けて太く長く育ちまっすぐ高く高くのびていた幹が折れてしまってどんなに無力感を味わい挫折感を味わい絶望を味わっただろうか死んでしまいたいと思ったであろうか、と思うも、たぶん木はそんなことを考えたり無意味に無力感や挫折感に身を焦がしたりあまつさえ自分を殺めてしまおうなどとは一切思ってはいないのだということを木は伝えてくれました。そしてそこから再び生えた芽についてもどんなふうに思って生えてきたのだろうか、長年かけて築き上げたものを失ってそこからさらになお芽を伸ばすことに木の遠くなるような気持ちにはならないのだろうか、過去を思い出すごとに無力感に包まれやさぐれた気分になり養分を吸うことすら捨て鉢になってしまうのではないか、と思うも、芽はそんなことを考えたり自分の命に対して投げやりになってしまうことは一切なくただただそこから芽を生やしただただ日の光を浴びてただただ太陽に向かって芽を伸ばしているだけなのだということを芽は教えてくれました。そう、木は、そして芽は、ただ生きていたのです。ぼくは一日中その木と芽をみつめながらその生命を受け止めました。生きることの真髄を少しだけ教えてもらいました。

 

 

僕は、もしかしたら、ほんとうは、ほんとうは死のうと心のなかで思っていたのかもしれない。自分でももうよく分からない。もしかしたら宿の主人はそれを見抜いていたのかもしれない。なんてね。

 

 

このあいだ唐突に福島の宿のことを思い出したことも、人生のいろんな不思議なめぐりあわせの一環なのかもしれない。

僕はもういちどあの福島の宿に行って、あの木と芽に出会って、もういちど僕は、ただ生きることの宇宙に向かって爆発するような力を体に浴びてこなくてはいけないのかもしれない。今はそれを思い出してこうして記すことで再び命になんとかして光を灯そうとしているのかもしれない。