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味覚についての想像

ずいぶん前に書いて”下書き”にしていた文章だったのだけどアップするのを忘れてました。とりあえずあげてみます。

 

 

昔から疑問だったことの一つに、なぜ人は苦いもの辛いもの酸っぱいものを味わう味覚があって、なおかつそれを美味しいと感じるのだろうという思いがありました。この記事は僕の勝手な想像に基づく仮説にすぎず、なんら科学的検証をしていないことをご了承ください。ついでに言うと仕事のノウハウとも一切無関係です。

 

味覚は6つあると言われていて、ご存知のように甘味、旨味、塩味、酸味、辛味、苦味です。前の3つはそれぞれ糖(炭水化物)、アミノ酸(タンパク質)、それと塩ですから生きてくうえで必須の栄養であり、それらに対する味覚が鋭敏になるのも当然のことでしょう。いっぽう後の3つは基本的には人間にとって害になるものを避けるためにあると言われています。酸味は腐った食べ物、辛味は皮膚や粘膜に刺激を与えるもの(辛味は痛覚と同じだそうですから)、そして苦味は毒物の味です。冒頭で書いたとおり、ではなぜ人間とくに大人は、人間にとって害になるものを識別するための味を、美味しいと思って好んで摂取するように出来ているのでしょう。

僕なりの勝手な想像で言うと、それは体の代謝を促すためにやっているのではないかと思ってます。大人になると消化吸収も衰えてくるのと同時に、代謝や体の老廃物を排出する働きも衰えます。それに刺激を与えるために本来は毒として認識される味のものを摂取して、代謝や排出を促しているのではないかと。そう考えると、コーヒーや辛いカレーを大人になってから好むようになることもいちおう筋が通っているように感じられます。

 

 

話しついでにもう一つ勝手な空想に基づく話をすると、人間は体にとって必要なビタミンの大半を自分の体内では製造できず、野菜などから摂取するしかないそうです。ビタミンCなどが最たる例で、人間はなんでこんな大事なものを体で作れないんだろうと呆れ返ります。しかも多くの野菜は糖やアミノ酸といった体を作る栄養素という点では非常に乏しいこともあり(穀類とか芋とかは別ですけど)、なんで人間はこんなに野菜を大量に食べなくてはいけないのかとも思いました。(まあ一日に必要な野菜の量は350グラムといった呼びかけはバックに農林水産省が居るので、なんかしらの産業的力学が働いている結果なんでしょうが。)そこで僕が勝手に想像したのは、昔の人(あるいは猿か類人猿)は野菜をしょうがないから沢山食べていたのではないかという仮説です。とくに狩猟採集をしていたとされる年代において、ほんとうは穀物や木の実や動物や魚など、栄養価の高いものを沢山食べたいのだけど、なかなかそういった獲物にふんだんに恵まれるわけではない。そこでしょうがないので、そのへんに生え放題になっている草を食べて飢えをしのいだ。しょうがないからえぐい草もバリバリ食べるわけですが、ものによっては多少美味しかったり、若葉だったら食べられなくもなかったりということを覚えてくる。そうこうしているうちに長い年月を経て、ビタミンを外部から摂る癖がしみついてしまったためビタミンを作る機能がなくなってしまったのかもしれない。