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liberteenしゅんすけのブログ

自分の備忘録です。

パンジーの花

パンジーの花が路上の植え込みやプランターに咲いていると無意識のうちに立ち止まって見つめてしまうことがよくあります。たぶんぼくはパンジーの花が好きなんでしょう。

 

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パンジーにかぎらず路上の植え込みに咲いている小さい花を見つけるとだいたい立ち止まったり更には写真を撮ったりするので一緒に歩いている人から「しんだてさん花好きなんですね、女子みたいですね」と言われ、「いやいや女子が花を好きってわけじゃないでしょ、・・・どっちかっていうとガキなんですよ」なんて言ったりしていました。

 

僕が地面に咲くパンジーに足を止めてしまうのはなぜなのか、それは何となく分かっていて、それは幼稚園児のときに見たパンジーの花を思い出しているのではないかと思います。

あれ、しんだてって子供の頃フィリピンに居たんじゃないの、と思う人もいるでしょうが、僕でも思うんですが、僕は確かに7歳までフィリピンのマニラにいて、生まれ、育ったのですが、どうやらその間にも何度か日本には訪れていたようで、親の一時帰国という出来事に連れられて何日か何週間かの間日本に来ていたことがありました。そのうちの一回で、僕はどうやらたぶん一時的に日本の幼稚園に通っていた時期(といっても数週間ですが)があるようです。でなければ日本の幼稚園に通っていた記憶があるわけはないし、それが捏造された記憶でないことを切に望みます。

日本の幼稚園の記憶、それはパンジーでした。きっと、いやたしかにパンジーが咲いていました。それは美しかった。んだと思います。だから今でもおぼろげな記憶の向こうでその花をきらきらと咲かせているんだと思います。はじけるような黄色でした。

僕がその幼稚園にいたころなぜか僕はモテた瞬間があったようで、二人のそれぞれの人から左手と右手を引っ張られた(おそらくは一緒に遊ぼうよという趣旨なんだろうけど)という記憶もおぼろげにあるんだけど、これはもしかしたら、いやおそらく捏造なんだろうな。

実はフィリピンの幼稚園に通っていた頃の記憶は全く無くて、不思議なものですが僕が幼稚園の頃の記憶として思い出せるのはこの、日本の幼稚園に一瞬通っただけの時期の、パンジーと両手を引っ張られた思い出の二つだけです。

 

 

フィリピンの思い出、といえば、メイドの部屋がやたらと汚くて狭かったこと(当時は一軒家の家にメイドが住み込みで住んでいて、メイドの部屋が離れみたいなところにあったのです。普段は扉は閉じられているのだけど、ある日その扉が開いていて、それを見てしまった時の衝撃が大きかったのでしょう。)と、びっこの猫が歩いていて鶏の首やへんな生ゴミが転がっていたとにかく汚い裏路地と。あとバナナの木と南国の雑草が自分の背丈以上の高さに生い茂っていた広い空き地を走り回った記憶と、まだ青いマンゴーの実がたくさん実った大きな大きなマンゴーの木から樹液というか変なベタベタな液体がそこらじゅうから滴り落ちまくっていたこと。とにかく強い日差しに照らされてビビッドな赤紫色をきらきらと輝かせていたブーゲンビリアの花、ハイビスカスの花、そしてプルメリアの花のなんともいえない匂い。そんな思い出があります。何処にも家族がひとりたりとも登場しないのは不思議なもので。

 

こんどフィリピンの食べ物についての記事でも書こうかな。