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きらきらひかれ

僕はチャットモンチーが好きで、ふつうに曲も好きなんだけど、たしかメジャーデビューしたのが僕が自分の会社を始めたのと同じ2005年だったこともあってなんかお互いにがんばろうぜ的な勝手な親近感を感じていたのも理由のひとつでした。8cmのピンヒールとか、良いよね。

ほんでもって色々あって、俺もチャットモンチーも色々あって2011年にドラムの人(って名前覚えてないのも、チャットモンチー好きって言ってる割にどうかと思うけど)が脱退したというのも驚いたけど、何かのインタビューで彼女が言ってた、もともとバンドをやりたくなかったけどボーカルの子(こちらも、名前覚えてないっていうね)に誘われてイヤイヤながら始めて、どんどん売れちゃったから辞めるって切り出すタイミングがなかった、って言ってた発言にももっと驚いた。ショックで傷ついたっていうより、あぁ、そうだったんだ、ってしんみりして、でも改めて自分が本当にやりたいことに踏み出せたのは素敵なことだな、って思った。そしてそのドラムの人が歌詞を書いた曲とか改めて聞くと、なるほどなぁ、このひとの言葉遣いも好きだったんだな、なんて思った。どんなバンドでもどんな関係性であろうと、そのときのそのメンバーの組み合わせからしか生まれない魔法のような瞬間というのがあって、第一次チャットモンチーにもそんな魔法がかかっていたように思います。

そこからさらに僕の涙腺を直撃したのがボーカルの子とベースの子(同上)の二人でチャットモンチーを再開したことです。「きらきらひかれ」のPVを見たとき何かしらないうちに号泣していた記憶があります。なんやこのボーカルの子の格好、ブサイクやなぁ、とも思いながら涙たらしながら本当になんというか、チャットモンチーが二人でチャットモンチーをやってることに本当に心を支えられたし心臓をぐっと握りしめられたように鼓舞された。おそらくその当時も会社やってて本当につらかったんでしょう。まあ毎度毎年のことだけど。

 

出会いがある以上別れは常にあって、という言葉が毎度毎度繰り返されるのは、そのことをつい忘れてしまうからでしょう。そして人はそのことを忘れたいのでしょう、この関係とこの世界がずっと続いてくれたらと儚い願いを持つ生き物だからでしょう。でも必ず人には別れが来るものです。そして、そして別れは決して終わりではないことをチャットモンチーも身をもって伝えてくれている気がします。いまは詩人になっている高橋久美子さん(←ネットで調べた。笑)の人生もきっとより豊穣なものになっているように。

わたくしごとながらIくんとの別れも寂しいけど、それがお互いのよりいっそう豊かな人生の時間のスタートだということを信じよう、そんなことを何十回も繰り返しながら毎度の社員との別れを見送ってきたわけだしね。そしてそのたびに新しい別の素敵な出会いがあって今があるのだしね。Iくんも今よりもっともっと、きらきらひかれ。

 

 

あ、日記兼備忘録なんで忘れないように:

「当てる瞬間に手首のスナップ、そうじゃないと中指から薬指〜小指のほうに衝撃が来ちゃう。人差し指&中指に衝撃が来てたら正しいフォーム」。